NSXとは異なるインパクトのあるスポーツカー
48年に設立されたホンダの50周年を記念してリリースされた2シーターのオープンスポーツがS2000。2輪メーカーとして産声を上げ、63年には4輪進出を果たしていたが、その際の最初の商品は軽トラックとスポーツカーだった。
そんなホンダだけに、メモリアルカーにスポーツカーが企画されたのは必然だった。ただし、フラッグシップスポーツとしてはすでに90年にリリースされたNSXが存在していたから、メモリアルスポーツカーは、また違ったアプローチが必要になってくる。そんな状況で企画されたS2000が目指したのは新世代リアルオープンスポーツ。
95年の東京モーターショーにホンダSSM(スポーツ・スタディ・モデルの頭文字から命名)の名でコンセプトカーが参考出品され、98年、新装なったツインリンクもてぎで開催された50周年記念イベント「ありがとうフェスタinもてぎ」で、歴代社長パレードに使用されてお披露目され、翌99年に市販されている。
スーパー耐久レースで活躍
開発の経緯には関係なく、ホンダ製の多くのクルマはモータースポーツにかかわるのが運命のようなもの。S2000もその例に漏れることなくサーキットに登場している。改造範囲が極端に制限され、市販されているベースモデル本来のポテンシャルが成績を大きく左右することになるスーパー耐久シリーズ(S耐)が、その活躍のフィールドとなった。
S耐では、基本的にエンジンのチューニングが許されていないから、いかにホンダのスポーツモデルといえども、より排気量の大きな、あるいは排気量が同等でもターボで武装したようなハイパワーなモデルには太刀打ちできなかった。
それでも2LのNA(=ノンターボ)としては圧倒的なパフォーマンスを見せつけることになり、参戦クラスを事実上のワンメイクと化してしまった。現在では、BMWのM3やNSXなどで構成される、ひとつ上のクラスに編入されることになったが、これもS2000の高いポテンシャルの証しかもしれない。


