本文へジャンプ
ここから本文

ホンダ S600/S800 歴史を作った名車編 ニッポンの名車特集

1代で生産終了した懐かしいモデルから
伝統を守りながら進化し続けるモデルまで
ニッポンの名車特集 part.2

■基礎情報 意外なきっかけで初代誕生。またレースでも大活躍 ホンダ S600/S800

  • 基礎情報
  • モデル解説
  • 車種別フォトギャラリー

オートバイメーカーがつくったマイクロスポーツ

今でこそ、トヨタや日産と並んで“国内自動車メーカー大手”といわれるホンダだが、現存する自動車メーカーの中では最後発。創業者の本田宗一郎は、当初から4輪メーカーを目指していたといわれるが、まだ2輪メーカーでしかなかった61年に通産省(当時)から『自動車行政の基本方針』、新たな自動車メーカーの参入を規制する、いわゆる後の特振法案が示されると、そのトビラを閉ざされてしまう危険性があった。

そこでホンダは、素早く行動に出た。新たな法案が提出される前にクルマをつくって“既成事実”にしようとしたのだ。そのプロジェクトから誕生したのが軽トラックのT360とマイクロスポーツカーのS360。結局、特振法案は廃案となったが、ホンダのプロジェクトはそのまま進行。T360と、より現実的なS500として完成し、63年に発売されるに至っている。今も根強い人気を誇るホンダの“エス”シリーズだが、誕生するに至った背景には、こんなエピソードもあった。

レースで活躍し、多くのレーシングドライバーを輩出

63年に発売されたS500は、若いファンの間で瞬く間に人気を博すことになった。そして当然のようにモータースポーツ界でも、エスの参入が目立つようになった。63年には鈴鹿サーキットが完成。これが国内における近代モータースポーツの始まりとされているが、いずれにしてもタイミングはバッチリだった。

多くのレーシングドライバー予備軍がエスでモータースポーツの洗礼を受けることになった。そしてその中から、才能にあふれた真のレーシングドライバーが誕生するようになった。後に日本人初の国際レーシングドライバーとして活躍することになる生沢徹や、日産ワークス三羽がらすの一人に挙げられた北野元、トヨタワークスで活躍し、現在は童夢の副社長としてレースを指揮する鮒子田寛、そして現在も現役としてル・マン参戦を続けている寺田陽次郎・・・。実に多士済々なメンバーが、エスでレースを初体験した後、トップドライバーへの階段を上っていくことになった。

新たな法案の提出に向けて作成されたS360
しかし、その結末は・・・

このページ上に表示される記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。