日産サニーの歴史

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00 サニー以前

日産は1955年(昭和30年)に小型乗用車のダットサン(110型)を発売。当初は860ccだったが、やがてモデルチェンジで1リットルに排気量を拡大。1959年には1リットル/1.2リットルの初代ブルーバード(310系)に発展していく。その後ブルーバードは1.3リットル、1.6リットルのモデルを追加、1.3リットルが主流となっていく。その変遷を受ける格好で、ひと回り小型化したコンパクトモデルが開発され、1966年に1000ccクラスに専用設計されたサニーが登場する。ちなみに、翌年にはブルーバードはフルモデルチェンジで3代目の510系に移行。サイズアップしたボディに1.3リットル/1.6リットルを搭載し、サニーとの差別化が、一層明確になっていった。

01 初代モデル	B10系 1966〜1970年

日産サニー 初代モデルB10系日産初の、本格的コンパクトカーとなったサニーの初代モデル(B10型)は1966年(昭和41年)4月に誕生している。1リットル直4OHVのA10型エンジンを搭載する後輪駆動車で、ボディは2ドアセダンのみ。ミッションは3速MTのコラムシフトながらフルシンクロが奢られていた。1年後には4ドアセダンがデビューすると同時に、フロアシフトの4速MTと、3速ATがラインナップに加わり、さらにその1年後にはスタイリッシュな外観を持ち、インテリアも大幅に手が加えられたスポーティな2ドアクーペ(KB10型)も追加されている。

◆時代背景
1966年:日産とプリンスが合併、トヨタと日野が業務提携。新東京国際空港(成田空港)建設を閣議決定。上越線の新清水トンネルが開通。祝日法改正で"敬老の日""体育の日""建国記念の日"が誕生。東京・銀座にソニービルがオープン。UPIの沢田教一カメラマンがピューリッツァ賞を受賞。『氷点』がベストセラーに。

02 2代目モデル B110系 1970〜1973年

日産サニー 2代目モデルB110系デビューから4年たった1970年(昭和45年)1月に、サニーは2代目のB110系に移行した。今度は最初から2&4ドアセダンと2ドアクーペをラインナップ。初代モデルがライバルのカローラに「プラス100ccの余裕」のコピーで苦戦を強いられたこともあって、エンジン(A12型)の排気量を1.2リットルに拡大。ボディもサイズアップして「隣のクルマが小さく見えます」とやり返したエピソードは有名。3カ月後にはツインキャブを装着し83馬力までパワーアップ。フロントにディスクブレーキを採用したGXが登場している。翌1971年には1.4リットル直4OHCのL14型を搭載した上級モデル、エクセレントがデビュー。同じ直4ながらサイズアップしたL14型を搭載するためにホイールベースを40mmストレッチしていたが、これはスカイライン2000GTを産み出すのと同じ手法だった。「サニトラ」の愛称で根強い人気を博したトラックも、B120と型式は少し異なるが、この代に誕生した。

◆時代背景
1970年:大阪で日本万国博覧会(万博)開催。国鉄(現在のJRグループ)が「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンを開始。八幡製鐵と富士製鐵が合併し新日本製鐵が誕生。数学者の広中平祐がフィールズ賞を受賞。ケンタッキー・フライド・チキンの1号店が名古屋にオープン。東京で歩行者天国が始まる。『冠婚葬祭』がベストセラーに。

03 3代目モデル B210系 1973〜1977年

日産サニー 3代目モデルB210系3年余の短いモデルライフを終え、1973年(昭和48年)5月、サニーは3代目のB210系に移行した。引き続き2&4ドアセダンとクーペをラインナップしていたが、クーペはリアにハッチゲートを持った3ドアクーペにコンバート。ボディデザインも曲面を多用したものに一新されると同時に大きくサイズアップしていた。搭載されるエンジンも1.2リットルのA12と1.4リットルのL14がラインナップされていたが、先代モデルとは違って両車のホイールベースは共通となっていた。1.4リットル=エクセレントの全車と、1.2リットルの上位モデルで、フロントにディスクブレーキが標準装着されたことも、シャシー系での大きな特徴である。モデル後期にはL14エンジンが、A12型の排気量を1.4リットルまで拡大したA14型にコンバートされている。

◆時代背景
1973年:2月に変動相場制に移行し円が急騰。11月には第一次石油ショックが起こり、翌12月からガソリンや灯油などを引き金にして物価が急上昇。供給不足を心配したあまりの、トイレットペーパーや洗剤の買い占めなどが社会問題となった。

04 4代目モデル B310系 1977〜1981年

日産サニー 4代目モデルB310系サニーの第一世代、後輪駆動の最終モデルとなった4代目(B310系)は1977年(昭和52年)10月に登場している。2&4ドアセダンと3ドアクーペをラインナップ、後に5ドアバンをベースにシリーズ初のステーションワゴンとなるカリフォルニアもデビューしている。エンジンは先代の最終モデルと同じくA系のみで1.2リットルと1.4リットルを用意(モデルライフの終盤には、それぞれ1.3リットルのA13/1.5リットルのA15に移行)。1.4/1.5リットル仕様もエクセレントと呼ばれることはなく同シリーズは2代限りで廃止となった。デザインは再び直線基調でボクシーなものに戻った。特にクーペでは6ライトながらBピラー(センターピラー)にデザイン処理を施し、ハードトップ風に見せるデザインで、先代からの変貌(へんぼう)ぶりが著しかった。

◆時代背景
1977年:プロ野球・巨人の王貞治が通算本塁打756号を達成しハンク・アーロンの大リーグ記録を更新、初の国民栄誉賞を受賞。国立大学共通一次試験のために大学入試センターがスタート。マイルドセブン発売。映画『幸せの黄色いハンカチ』がヒット。アイドル歌手グループのキャンディーズが引退。『間違いだらけのクルマ選び』がベストセラーに。

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