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マークII3兄弟が登場した時代背景

最新型から懐かしいセダンまで
優雅で快適、ミドルクラスセダン特集

マークII3兄弟が登場した時代背景を探る

新車販売台数はディーラーの数に比例する。これは今でも通用する自動車流通の原則だが、一方で増加するディーラーチャンネルに対応すべく、双子車や三つ子車が次々と生み出されてきた。それがいいコトなのか悪いコトなのか判断しにくいが、クルマが増えていく中で成功例もあり、失敗例もあった。その流れをざっと追ってみたい。

販売台数を増やすためにディーラー数が増加

新車販売台数を競う自動車メーカーにとって、ディーラーの充実は欠かせない。マークII、チェイサー、クレスタが合わせて年間40万台以上も売れたのも、トヨペット店(マークII)、トヨタオート店(チェイサー)、ビスタ店(クレスタ)がそれぞれ独自の営業展開でユーザーをガッチリつかんでいたからにほかならない。この3ディーラーだけで2500以上のディーラー店舗を持っていた(90年時点)というのも大きな強みだったはずだ。

クルマの販売がどんどん増えていた60〜70年代、そしてバブル景気にわいた80年代終盤は、とにかく店舗数を増やすのが一番とばかりに日本中で新車ディーラーの数が増加。幹線道路沿いにズラッと新車ディーラーが並ぶ「ディーラー街」ができたのもこの時代だ。また、売れそうなクルマ、話題の新車をどのディーラーも欲しがるため、同じクルマの一部を変更し、名前を変えて販売する手法も生まれ、これが双子車、三つ子車の登場につながっていく。

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